<プロフィール>
T.I
・12歳でオーストラリア・ゴールドコーストへ移住
・オーストラリアの高校に通学(私立・高レベルの教育環境)
・帰国後、日本の大学へ進学
・イギリスの大学院卒業
オーストラリア移住から日本の大学編入、そしてイギリス大学院へ挑んだ留学ストーリー
オーストラリア時代の日本語
オーストラリア滞在中、日本語の学習はほとんど行いませんでした。公文に一時的に通った程度で、勉強としては最小限だったと思います。
家庭内では日本語を話していましたが、帰国直後は英語と日本語が混ざり合い、いわゆる「ルー大柴」のような状態に。特に小学校中学年で渡豪した妹が日本語の維持には苦労していたようです。
帰国子女入試の苦悩
中学・高校時代には「将来何をしたいのか」を常に問われていました。友人の二人が「パイロットになりたい」と話していたことから、私自身も航空学校に進学することにしました。
しかし実際に入学してみると、ビザの問題や業界への熱意の不足から、わずか数ヶ月で退学することになります。
日本に戻ってからは、代々木ゼミナールの帰国生入試コースに入り直し、九州大学・北海道大学・横浜国立大学を受験しましたが、結果は思うようにいきませんでした。その後、通信制大学へ在籍し、そこで「編入制度」の存在を知ります。そして22歳のとき、志望していた日本の大学へ編入することができました。
編入試験は書類審査、英語試験(免除の場合もあり)、そして専門科目(ミクロ経済・マクロ経済・統計)から成り立っていました。日本語での学習は一般入試組と同等の水準が求められ、大変苦労しました。
イギリスの大学院、バーミンガム大学へ。
大学生活はちょうどコロナ禍と重なり、思うように通学はできませんでしたが、その中で「大学院進学」という新たな目標が生まれました。経済・金融を専門的に学びたいと考え、最終的に選んだのはイギリスの大学院。銀行・金融の分野に強い大学を探し、この大学に出願しました。
Conditional Offerの壁を越えて—最終合格までの奮闘
大学院への出願準備は決して容易ではありませんでした。
- IELTSは初回で Overall 7.0 を取得(各技能6.0〜6.5以上)。
- Personal Statementでは統計・数学のスキルを重点的にアピール。
- 推薦状はゼミの先生お二人にお願いし、渡英10ヶ月前には提出が必要でした。
- 早めに出願し、最初は Conditional Offer(条件付き合格)をいただきましたが、GPAが届かず一度不合格に。
それでも諦めず、教授に積極的に連絡を取り、説明会に何度も参加して顔を覚えていただく努力を重ねました。その結果、最終的に合格を得て、1年3ヶ月の大学院生活を送ることができました。
海外経験を振り返って
「オーストラリに行ってよかったか」と聞かれれば、率直に申し上げて「半々」と答えると思います。もっと学業に真剣に取り組むべきだったという後悔もあり、大学院は社会人を経験した後でも良かったかもしれません。
ただ、この経験が自分の強みになったことも確かです。就職活動では海外就職も検討しましたが、待遇を考慮して日本で活動しました。面接では必ず「経歴がユニークですね」と言われ、留学経験そのものが価値になったことを実感しました。
これから留学や海外進学を考えている方へのメッセージ
英語学習はできるだけ早めに開始して損はありません。12歳を超えてから海外に出ても、学術的な英語を身につけるのは難しいことが多いと身をもって感じました。
そしてやはり一番重要なのは、与えられた環境に甘えず、やり抜くこと。理想的な環境でなくとも、やり切った経験こそが財産になります。
英語を学ぶことがゴールではなく、その先にどう活かすか。これが一番大切なことだと思います。