高井 星香
渋谷教育学園渋谷中学高等学校
慶應義塾大学(法学部)
小学生時代、帰国子女アカデミーの初期生として入塾し、帰国子女入試を経験。渋渋で6年間、帰国生としてハイレベルな教育を受ける。元ANA勤務。自身の経験を活かし、200名以上の社会人に英語を指導。株式会社Freedを設立。
高井 星香
渋谷教育学園渋谷中学高等学校
慶應義塾大学(法学部)
小学生時代、帰国子女アカデミーの初期生として入塾し、帰国子女入試を経験。渋渋で6年間、帰国生としてハイレベルな教育を受ける。元ANA勤務。自身の経験を活かし、200名以上の社会人に英語を指導。株式会社Freedを設立。
小学校3年生の二学期前、アメリカ(4〜8歳まで滞在)から帰国しました。
最初は一般的な中学受験を視野に入れ、4年生から日能研に通い始めましたが、やはり「人格そのものが英語で形成されていた」ため、日本語の四科目受験は厳しいと感じました。
インターナショナルスクールも検討しましたが、当時は日本人が通うのは珍しく、日本語力が定着しない不安もあり断念。そんなとき小5で「帰国子女入試」の存在を知り挑戦を決意しました。母の知人に紹介してもらった帰国子女専門塾(KA)に通い、受験の基礎を固めていきました。
渋渋の他に洗足学園と渋幕を受験し、すべて合格しました。
結果が出たのは 洗足 → 渋幕 → 渋渋 の順番だったと記憶しています。
渋渋の試験は 国語・算数・英語・英語面接 の4つ。
当時は国語と算数の成績が芳しくなくても、英語で高得点を取れれば合格できる可能性がありました。現在は全科目で高得点が求められると聞きます。私は「英語は満点を狙う」つもりで試験に臨みました。面接は3対3程度のグループ形式でした。
渋渋は当時、帰国子女入試のトップ校であり、一般受験でも偏差値が高い学校でした。有名大学や名門海外大学への進学実績も豊富で、将来の選択肢が広がると感じました。
特に惹かれたのは英語教育。「英語ができる風」ではなく、本物のグローバルリーダーを育てる教育をしている点でした。
渋渋はとてもユニークでした。
毎年「現地集合・現地解散」の研修旅行があり、生徒の自主性が問われます。チャイムもなく、授業移動も自己管理。自然と自律心や時間感覚が身につきました。
また女子比率が高く、校内は女子がとてもパワフルだったのも印象的です(笑)。
帰国生は取り出し授業で「Language Arts」や「World History」を学びます。学年200人のうち帰国生は20人程度で、英語授業のレベルは非常に高いものでした。
一方で一般科目も進学校らしく難易度が高く、高1で数学「赤チャート」が配布されたことに驚きました。数学・古文漢文・英語は習熟度別クラスに分けられ、東大や医学部を目指すのが当たり前の環境でした。
成績管理
一般の通知表では帰国生は全員100点。しかし実際には帰国生専用のレポートカードが配布され、100点満点中の評価と先生のコメントが記載されます。
75点を下回ると自動的に親子面談、2回続けて取ると強制的にクラスを脱退。小テスト、エッセイ、授業態度などを総合的に評価され、大学のように厳しいものでした。
課題量
Language Artsでは課題図書があり、毎週小テスト。
中1『The Hobbit』
中2『Fahrenheit 451』『The Odyssey』
中3『The Handmaid’s Tale』『Kindred』
高1『The Shock Doctrine』
読書と並行して週に1〜2本の5パラグラフエッセイを書くのが当たり前。
World Historyでは古代文明から近現代までをカバーし、毎週小テストに加えて学期末にプレゼンやエッセイ。単なる暗記ではなく「なぜ起きたのか」「歴史の連鎖」を考える力が養われたと思います。
エッセイは先生と相談しながら何度もドラフトを重ね、最終的にベストなものを提出。大学に近いプロセスでした。
渡米は4歳のとき。まだ日本語も不十分な状態で現地校に入ったため、授業も友達との会話も理解できませんでした。
「周りが変な言葉を喋っている」と感じ、自分で作った言葉を話して気味悪がられたこともあります(笑)。今のように多様性に寛容な時代ではなく、英語がわからず先生に教室を追い出されたことすらありました。
ただ、両親のサポートが大きかったです。学校帰りに近所の先生のプライベートレッスンに通ったり、絵画やダンスなど体を動かすアクティビティに参加したり。そうした経験を積み重ねるうちに、2年ほどで英語力が一気に伸びていきました。
大学はほとんどが 早慶・東大・医学部。海外大も学年に毎年10人はいました。
その後の就職はさまざまで、アメリカ国籍を持つ生徒は GAFA に進むこともあり、日本でも 五大商社・メガバンク・広告代理店・テレビ局 などに多く進んでいました。
帰国子女でも日本の受験戦争を戦い抜く力を鍛えられているため、英語力を武器に日本企業で活躍する人も多いです。渋渋生の英語力は「ただ話せる」だけでなく「思考の深さ」が伴っているので実務に
英語を学ぶだけでなく、「どう活かすか」が大切です。
英語ができるのは当たり前。その先にある「英語をツールとして使いこなし、価値を生み出す人材」になることを目指してください。
周囲と比べて不安になることもあると思いますが、帰国子女としてのバックグラウンドは大きな強みです。焦らず、自分に合った学びのスタイルを見つけてください。そして、自分の経験を将来どう活かすかを意識してほしいです。必ず道は開けます。